IT統制は単純に考えるところから

2011年9月18日 | By 縄田 直治 | Filed in: 会計とIT.

IT統制という言葉があるがゆえに、実際にそういう「もの」や「こと」があると考えて、わけが分からなくなり思考のトラップに嵌る人が多いようだ。言葉というのは事象を整理抽象化してその一部の概念を切り出したものなので、「もの」は見て納得した気になれても、「こと」については抽象化の過程を理解しなければ、いくら説明を聞いても分からなくなるのは当然なのだ。「もの」ですら、工場の生産ラインを例に挙げれば、最終消費財なら何を作っているかわかっても、化学薬品などは薬品の製法を知った上で意味のつながりとして生産ラインを見なければ、説明を受けてもさっぱりわからない。最近、ようやくそれに気が付き始めた。愚かの極みである。

きっかけはラジオだった。

最も単純なラジオの仕組みは、電源すら不要の「鉱石ラジオ」といわれているものだ。アンテナから入った電波がコイルとコンデンサの組み合わせた同調(共振)回路を通じて、目的の信号だけを取り込む。その信号はゲルマニウムという半導体によって検波され、音声信号になる。回路の終端に抵抗による負荷をかけてその両端の電圧変化をイヤホンで振動させ音に換える。

(参考:今井栄「作りながら理解するラジオと電子回路」2010年、CQ出版)

さて、これを読んで理解できる人は、その道で仕事をしている人か、中学校くらいでラジオを作った経験があり、なおかつ、その仕組みを理解してある種の感動を体に覚えこませている人だろう。しかし残念なことに、上の文章を理解しようとしても、ほとんどの人には、「電波」が何らかの信号を送る媒体、「アンテナ」が電波をキャッチする装置で「イヤホン」が耳に入れて音を聞く装置であることくらいしか分からないだろう。コイルとかコンデンサなどは名称は知っていても、電気的な性質やその構造は説明できる人など(少なくともこの駄文を読むような監査関係者には)いない。

そう。ラジオは、音が聴こえすればそれでよいのだ。だからラジオを知らない人はいない。ラジオとは、音楽や朗読などを放送局で電波に換えて発信されたものを、電波を再度音声に戻して人間が聴けるようにする装置である。電波には周波数というものがあり、ラジオにはそれを選別する仕組みがあること、同じ周波数を複数の放送局が使えば混信という現象が発生したり、それを意図的に行って妨害する輩もいること、電波には音声だけでなく映像や緊急警報信号が載せられることも現代人なら感覚として知っているし、それは当然視されている。

ラジオをもっと単純に言えば、放送を聴く装置である。だから放送のない場所でのラジオはただの箱である。先日、独立した南スーダン共和国の住民がラジオ放送の再開を喜んで聴いているニュースを視て、社会インフラとしてのラジオの重要性を改めて認識した。3.11大震災においても同様であるが、ラジオが聴けるというのは放送と受信機があって初めて成立する社会的関係なのである。他方、ラジオという装置が最も単純な鉱石ラジオであれ、デジタル検波装置を備えた高級機であれ、聴ける番組が同じなら、その本質的価値に違いはなく、音がいいとか安定しているといったユーザへの付加的な価値の違いに過ぎない。

そういったラジオの持つ本質的意味を理解していれば、ラジオの中身の仕組みなど知らなくてもよい。しかし、ラジオを社会的関係として捉えると、ときには権力者によって情報が歪曲され世論操作に利用されたり、いわゆるやらせ報道のような視聴率稼ぎのための不正行為があったりして、必ずしもリスナーが知るべき情報が伝わっているとは限らないというリスクは知っておく必要がある。こういったリスクへの対応策として、放送の中立性や公正不偏性といった理念を具現化した放送法や、政府や行政機関その他事業体に対する情報公開義務が課せられているし、リスナーはインタネットなど他の媒体からも情報を得るようにしている。

さて、IT統制が分からないと嘆く方々へ。

クライアントサーバとかOS、ミドルウェア、アプリケーションという考え方、メインフレームとオープン系の違い、最近ではクラウドなど、次々と不可思議なカタカナ用語が現れてくるITを理解することは容易ではない。そもそもITとは何かも含め、それこそ、ITで糧食を得ている人でも全てを説明することは難しいはずだ。しかし、それと「IT統制が分からない」ということとは話の次元が全く異なっている。それはラジオの仕組みがゲルマニウムを使ったストレートなのか、スーパーヘテロダインなのかといった次元の話をして、ラジオが分からないというようなもので、ラジオの持つ役割にはまったく関係がない話として理解すべきなのではなかろうか。

換言すればIT統制が分かるとは、経営者の管理目的に即した情報の流れ(経営情報システム)が分かるということを意味している。だから、その仕組みがERPであろうとメインフレームであろうと、クラウドであろうと、とりあえずは関係はない。まずは、どういう情報がどのように経営者ないしは管理者へ伝わっているか、そしてそれを使って業務現場にどのように指示がされているか、それを保持する仕組みがどのように内在しているかを理解すればよいのだ。

自分の経験の狭さを露呈してしまうことを覚悟の上で、経験則だけで申し上げると、少なくとも「IT統制が分からない」と言わない人は自分がITを理解しているとも言わないものの、IT統制が分からないとも言わない。むしろ、情報の流れが見えないとかデータ加工のロジックが分からないとか、どの情報源からこの情報は生成されているのか分からないといった、情報の持つ意味に応じた具体的な話をしている人たちである。また、経営者はあの使いにくいシステムでどうやって必要な管理をしているのだろうといった疑問を抱く人たちである。まさにそれがIT統制を理解しているいうことで、CPUの仕組みやUSBインタフェースの種類を答えられる必要は全くない。

電子的な情報処理の仕組み(Electronic Data Processing = EDP)と言っていた昭和時代のほうが、よほどIT統制という言葉が伝えたい概念を明確に表現しているように思えるのだが、あえてIT統制という曖昧な言い方をするようになったのは、何故なのだろうか。翻訳だからというのであれば、身体感覚を抜きにして「始めに言葉ありき」で概念を輸入し、その後、咀嚼しないままでいる我々の努力不足なのだろうか。

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