幅のある判断

2007年5月5日 | By 縄田 直治 | Filed in: 制度会計.

世間では会計基準がひとつの解(利益)しか出せないようなものであるという誤解があるのかもしれないが、会計処理は、経営者による事実の認識や判断と、それに相応しい会計処理の適用の仕方に判断という二段階の判断を経るため、当然に出てくる決算は異なってくる。

そういった幅のあるものを許容しつつ、実務の中にある程度慣行として定着しているものが、会計原則と言われるものだ。

一方で、税務会計基準は課税の公平性を第一義に考えるため、課税所得計算に当たっては経営者の判断よりも客観的に把握できる事実のほうを重視している。棚卸資産の評価損や貸倒引当金繰入額が有税処理になるのはその典型例である。

繰延税金資産の主な内訳が貸借対照表の注記になっているが、その項目を見れば税務基準と会社の処理とのおおよその違いがよく見える。また同じ表の中にある評価引当額を見れば、合理的期間内に将来減算一時差異が解消されるかどうかといった経営者の見込み判断が表現されている。

細則主義を主張する一つの論拠として、上記の「判断の幅」を小さくすることが、会計基準の至上命題と考えていると思われる節がある。

会計が経営者の判断を織り込むことを想定している以上、この判断の幅はあってよいし、不可避であるのだから、むしろその幅を税効果の注記のように情報提供できればよいのだ。むしろ細かく何でも決められるという考え方は、結果的にかえって決算を歪める可能性もある。

ではどうすればよいのか。

投資家が着目するのはキャッシュフローであるらしい。それは「事実だから」というのが理屈らしい。であるならば、事実ではない損益計算書の役割とは一体何かということをきちんと定義する前に個々の会計処理がどうあるべきかを議論しても仕方がない。

損益計算書の存在意義は、損益計算に現れてキャッシュフローに現れないものがあるからだ。それは、資金が投下されて拘束された資金が「資産」として将来どれだけのキャッシュを生むかという経営者の判断である。損益計算書と貸借対照表は表裏の関係にある。つまり、有価証券や固定資産の減損処理、棚卸資産の低下評価損、貸倒引当金などの資産の評価損とか、法人税等調整額など将来に対する判断を情報として貸借対照表に反映させた結果として損益計算書が存在してのだ。そこには多分に事実としての経営者の判断が表現されているといえるのである。

会計基準は、数字を決定させるだけの基準ではなく、利用者の便宜を考えて、経営者の判断を明瞭に開示させるようなものであってほしい。間違っても官憲が経営者や監査人を「会計基準の不適切な適用」で処分する道具ではない。そういう認識が、世間が「会計基準、監査の厳格化」に期待しているものだとすると本末転倒である。

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