資本コスト

2020年9月28日 | By 縄田 直治 | Filed in: ガバナンス.

昨今のコーポレートガバナンス改革の中で、資本コストを意識した経営をしなければならないという考え方が示されています。

原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表

経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。

株式会社東京証券取引所コーポレートガバナンス・コード(2018年6月1日)

この資本コスト、コストといいながら損益計算書に現れる費用でもなく、また株主に対して支払う配当金でもなく、書物を紐解くとWACCとかROICとかCAPMなどの横文字と共に解説されていることが多く、税引き後の支払い利息で表される負債コストと比べて一般には分かりづらい考え方です。

機会費用

資本コストを理解するためには、まずは機会費用という考え方を理解する必要があります。機会費用も実際に支払うお金ではありませんが、我々の生活における意思決定にはとても密着した考え方です。

個人にとっての機会費用

例えば、大学を卒業して就職するか、あるいは大学院へ行って勉強するか「どっちがお得か」悩んだとします。

仮に大学院に行けば授業料はかかりますが卒業後はそれなりに高い給料がもらえる仕事につけるとしましょう。授業料を仮に200万円支払ったとして、その後大卒よりも10万円高い月給がもらえるのであれば、20ヶ月でペイするとついつい考えてしまいます。

しかし大学院(修士課程なら2年間)で過ごす間には、就職していれば得られたであろう給料は得られません。大学院に行かずに就職していれば得られる収入が仮に月給20万円であれば、大学院に行くことによって20万円×12ヶ月×2年間=480万円の給料を得る機会を喪ったことになります。この得べかりし利得のことを機会費用と言います。

我々が物事を決める(選択する)ときにはこの機会費用を考慮しないと、損得勘定を誤ることがあるので注意が必要です。得られたであろう利得はあくまでも将仮定の話なので、難しいかもしれませんが、選択肢それぞれについて選択した場合の、得られる収入とかかる支出を整理して比較して有利な方を選ぶとすれば普通に考えていることです。

選択肢大学院就職
給料480万円
授業料200万円
利得−200万円480万円
必要な増分給料680万円

つまり大学院修了後のしかるべき期間に680万円の「増収」が見込めなければ、大学院への進学は躊躇することになります。もちろん、所得だけですべてが決まるわけではないですし、将来のことなので勉強の成果が出るのかどうかの不確実性も伴いますから、680万円は最低ラインであり、リスクを加味すればさらに上回る利得を期待せざるを得ないでしょうし、680万円の回収期間が長期化する見込みであれば、やはり進学は諦めるでしょう。

ビジネスにおける機会費用

自宅が広く、そこで商売(例えば文具屋など)ができるとしましょう。自宅なので家賃はかかりません(減価償却費はキャッシュ・フローが出ないため考えないことにします。)。商売から得られる利得は月に6万円であったとします。通常ならば、毎月6万円得られるのであれば、そのまま商売を続けていけばいいと考えるでしょう。しかし、家の所有者であり商売の事業主でもある自分が商売を続けるかどうかの選択権を持っているとして、仮にその自宅のスペースを賃貸したら10万円得られるとすれば、その商売を続ける意味はあるでしょうか。むしろ賃貸するほうが4万円ほど余分にキャッシュが得られます。商売を続けることは、6万円の収入に対して10万円の機会費用を払っていることになります。

この例は、自分が事業主でもありまた家主でもあるため、どちらを選ぶかは自由ですが、第三者が家主であれば事業主は10万円の家賃を払うことになりますし、その際の事業は4万円の赤字になります。つまり本来ならば事業として成立しないことをしていることになりますし、家主は払えない人に賃貸はしてくれないでしょう。

資本コストは会社が支払うのではなく、株主にとっての機会費用

資本コストがわかりにくいのは、会社に払い込まれた資本に対して会社が支払うコストではなく、株主が負う機会費用のことを意味しており、前の例で言えば家主を株主に置き換えて考える議論と似ています。つまり、株主はA社の株を買うか、B社の株を買うかを選択する際に、A社の株を買うのであればB社の株よりも利回りが高くなることを当然に期待します。A社の株を買ったときに負う機会費用はB社の株を買えば得られたであろう利得と考えます。株を買うということは、その会社の事業に投資していることと同じですので、事業の投資利回りROICが問題になってくるわけです。

ROICは業種や事業ポートフォリオにより異なるのはすぐにわかりますが、投資回収期間の想定によっても考え方が異なるので、一律に「XXパーセント」と決められるものではありません。まして株主の立場においては情報がありませんから直截的に算定できるものでもないのです。しかし株主による株式の売買を通じてより儲かる銘柄が選択されるということは、より機会コストの小さい銘柄が選択されるということでもあり、売買を通じて形成される株価には資本コストが反映されていると考えているのです。経営者が資本コストを意識することは結果的により収益性の高い事業に投資するように意思決定を選択するため、社会全体としてのお金が効率よく回るという機能を果たすわけです。但し株価は、他の銘柄との関係で動いたり、一時的な思惑で大きく変動したりして、「正しい株価」というものはありません。あるがままの株価が全てです。よって、経営者側がより資本効率のよい事業に投資していることを示すこと(企業内容の開示)が大事になりますし、その中でも資本コストをどのように考えているのかという点が投資家と経営者が共通の土台に立つ上で必要になるのです。

資本コストと利益

資本コストは高ければいいというものではありません。事業の不確実性が高くなればそれだけ利回りを上げなければ投資資金は集まってきません。事業自体の不確実性だけではなく、事業に対する経営者の考え方や情報の提供の方法によっても不確実性は高まりますし、逆に下げることもできるわけです。

経営者の視点で資本コスト(についての考え方)を示すことは、単に一時的にキャッシュ・フローが高くなる事業投資をすればよいのではなく、企業ミッションの実現のために最適な事業ポートフォリオを投資回収の期間なども考慮しながら考えた結果としての一つの閾値としての役割を果たしているのでした。利益や配当はその考えに基づく活動の結果に過ぎないわけですが、資本コストを考えるにあたって描いたストーリーに基づく活動成果が利益目標であり、活動結果として会計上の利益があるわけですから、わかりにくくても利益と資本コストとは関連付けて捉えられ、その間に経営の巧拙とガバナンス機能を見ることになるのです。つまり、資本コストとは数字で表した「なにか」というよりは、経営者が資本コストを考えることによって市場との対話のためのツールが提供されるプロセスと捉えるとよいのです。

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