脱はんこと監査報告書

2020年10月2日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査制度.

押印のために出社

コロナで在宅勤務が進んだものの、一部の書類(契約書や決裁など)に押印が必要なため出社せざるを得ないということが問題になっています。ここに来て電子契約や電子証憑についての話題が毎日のようにメディアで採り上げられるようになりました。さらに政府も菅内閣になってデジタル庁を創設して取り組もうとするなど、脱はんこDXの一つの目玉になっています。

ハンコの歴史

ハンコについては日本では明治以降に一般的に使われるようになったものといわれ、特に会社などで使われるようになったので、義務教育を修業したら卒業式には各人に印鑑を贈呈して「社会人」になることを祝ったくらいです。それまでは一部の外交文書などで使われていただけで実務上は偉い人は花押を書いていました。花押はいまでも内閣の法令等への署名に使われているのが興味深いですね。

会社や官公庁では職員台帳に肩書と担当業務と名前が記されていて下に押印の記録があり、本人の陰影がわかるようにされていました。なので出勤簿や決裁文書、報告書などあらゆるところで便利な道具として日常的にハンコは使われていたのです。

監査報告書の押印は法令で

さて、監査で押印する場面は2つありまして、監査契約書に業務執行社員として押印する場面と、監査報告書に署名捺印する場面とがあります。契約書は一般的な契約の慣習として押印しています。しかし監査報告書となるとすこし意味が違います。

第四条 前条第一項の監査報告書、中間監査報告書又は四半期レビュー報告書には、次の各号に掲げる区分に応じ、当該各号に定める事項を簡潔明瞭に記載し、かつ、公認会計士又は監査法人の代表者が作成の年月日を付して自署し、かつ、自己の印を押さなければならない。この場合において、当該監査報告書、中間監査報告書又は四半期レビュー報告書が監査法人の作成するものであるときは、当該監査法人の代表者のほか、当該監査証明に係る業務を執行した社員(以下「業務執行社員」という。)が、自署し、かつ、自己の印を押さなければならない。ただし、指定証明(公認会計士法第三十四条の十の四第二項に規定する指定証明をいう。)又は特定証明(同法第三十四条の十の五第二項に規定する特定証明をいう。)であるときは、当該指定証明に係る指定社員(同法第三十四条の十の四第二項に規定する指定社員をいう。以下同じ。)又は当該特定証明に係る指定有限責任社員(同法第三十四条の十の五第二項に規定する指定有限責任社員をいう。以下同じ。)である業務執行社員が作成の年月日を付して自署し、かつ、自己の印を押さなければならない。

財務諸表等の監査証明に関する内閣府令(施行日: 令和元年十二月二十七日

監査報告書には「自署し、かつ、自己の印を押さなければならない」この一文は府令(法律と並ぶ政令の一部)で定められているものなので、脱はんこを実現するためには法改正が必要です。しかし、脱はんこできても、署名がある限り物理的な制約はほぼ変わりませんので、ゴールは見えてきません。

署名押印の本来の意味

しかしそもそもなぜ監査報告書には署名捺印が必要なのでしょうか。

監査報告書は会計監査人が監査意見を述べた文書なので、それ自体が公的な意味を持ちますから、偽造などがないようにするという意味はあります。また、そのような書面を監査対象となる財務諸表と一体として綴じて監査報告書の意見の対象となった財務諸表との一意性を確保するという意味もあるでしょう。

しかしここで疑問がわきます。有価証券報告書はEDINETで電子的に提出されXBRLによってタグ付けされた情報が正式な情報として位置づけられています。紙としての有価証券報告書は(印刷はできますが)公式には存在しないのです。そして監査報告書は有価証券報告書の「添付書類」という扱いなので、有価証券報告書とは別のファイルとして電子データを作成し、一緒にアーカイブしたものが、EDINET文書単位として搭載されています。

そのアーカイブに含まれる監査報告書の欄外には次のような注書きが入っています。

1.上記は監査報告書の原本に記載された事項を電子化したものであり、その原本は当社(有価証券報告書提出会社)が別途保管しております。

2.XBRL データは監査の対象には含まれていません。

新 EDINET の概要と XBRL データに関する監査人の留意事項日本公認会計士協会IT委員会研究報告第 44 号平成 26 年4月 15 日

つまり、ホンモノの監査報告書は紙で会社に保管されていて、EDINETのファイルはそれを会社が丸写ししたレプリカですよと言っているのです。本来であれば、電子データに対する証明には電子署名や電子証明があってしかるべきと誰もが考えるでしょう。つまり電子的な有価証券報告書の財務諸表は電子的な監査証明と一体となって流通しなければ、厳密には意味をなさないのです。

このため、同研究報告には、次の確認が必要であると言っています。

3.新 EDINET で提出する監査報告書と監査報告書の原本との一致の確認
4.新 EDINET で提出する財務諸表等と監査済財務諸表等との一致の確認

同上研究報告

データにはデータによる証明を

EDINETに提出された電子データの有価証券報告書を紙の監査証明によって保証するという捻れた構造は、監査証明という行為を紙の上の署名押印という形で表すことを法令が強制していることから来ています。それは、物理的な署名押印という行為だけではなく、上記のような追加的な確認作業や電子データを印刷して監査報告書の原本を綴じ込んで保存するなどの作業を強いているのです。

EDINETの導入によって紙の監査証明はまさしく宙に浮いたものになっているのです。意味のない署名押印など即刻やめるべきでしょう。認証の技術なり方法は既にありますし、監査報告書の原本性や対象の同一性をどの方法で確保するかは、実務に任せればいいだけの話です。

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