会計制度と会計方針の開示

2007年4月15日 | By 縄田 直治 | Filed in: 会計原理.

会計制度の建付けには、大きく原則主義と細則主義との対立する考え方がある。

原則主義とは、会計の大枠を原理原則として取り決めて、後は実務慣行と経営者と監査人との判断に任せようという考え方である。一方、細則主義は取引のケースを事細かに想定して、一つ一つについて会計処理ルールを制定していくものである。

原則主義の考え方に立った場合、実務慣行を尊重することから極端なケースでは全く同じ取引であっても会社によって経理処理の方法が異なる可能性は十分にある。一方、細則主義によった場合、比較可能性は確保されるものの、会計実務が細かくなりすぎてかえって誤謬が増える可能性が高くなる。

ここで注意すべきは、原則主義と細則主義とどちらがいいかという議論ではない。

世間の会計に対する以下のような大きな誤解を解く必要がある。

まずは、全く同じ状況下で同じ経済活動をすれば誰が決算しても同じ結果が出るという誤解である。自然科学の世界では、対象を測定するにあたって測定誤差があると、正しい認知ができないのでなるべく測定誤差をなくすようにする。残念だが会計では価格だけでなく価値をも対象としているので、ことはそう単純ではない。会計は経営者の見積もりや評価というプロセスが加わる以上、経営者が変われば決算内容はがらりと変わることは否定できないのだ。よく例に挙げるのだが、株価が下がると考える人と上がると考える人とが同じだけいるから、ある価格での株式の売買が成立するわけで、それ自体、価格は同じ(客観)でも心に持っている価値(主観)はそれぞれ異なっていることの証明となる。

次の誤解は、あらゆる取引は一つの会計制度でカバーできるという誤解である。よく「会計ルールの厳格化」という言い方をされるが、従来は存在しなかったルールが制定されることは、会計ルールの明確化と言うべきで厳格化ではない。同じ殺人罪でも裁判での判決に死刑から執行猶予まで差があるように、ルールの適用にも解釈の幅がある。解釈の幅を狭めることは一見、厳格化したように思えるが、逆に抜け道が増えることにもなるので一方で甘くなっているともいえる。ルールに詳細さを求めるほど、人々はルールにないものは何をやってもいいという意識が生まれ(自分で考えなくなり)、かえって実務は混乱することになる。

そして最大の誤解は、企業の業績は会計で全て分かるという考えである。これは血圧を測ればその人の健康状態がすべてわかるというようなものだ。会計は、企業の活動を投下資本の循環過程であると擬制した上で、投下された資本の現在の状態とその動きをある一定期間を切り出して表現しているに過ぎない。「よい会社かどうか」など分かろうはずがない。会計リテラシの低さが会計への過度の依存を生む。

いまさら原則主義に戻そうといっても細則主義を生み出した上記の土壌がある限りは無理だ。かといって、会計士でも解釈に苦しむような制度を乱立する細則主義は、いたずらに実務を混乱させるだけで、いずれ破綻するのは眼に見えている(あるいは既に・・・?)。

本来の会計は、原則に従いその会社固有の事情にあった運用ルールを会社が自ら取り決め会計方針として開示することを想定している。そしてその開示された会計方針の内容(開示の裏付けとして企業が独自に設定した詳細な規程など)と会計処理とが整合しているかどうかを判断するのが監査である。つまり、もっと会計方針の開示を詳細にすること、決算書の開示だけでなく経理規程もファイリングすること、そして方針の適用に当たって用いた経営者の判断をきちんと説明し開示することが肝要だ。

例えば、貸倒引当金の設定に関しては、ルールとして「債権は、経営者が合理性を主張しうる方法で回収リスクを評価した結果を反映した額を貸借対照表に計上しなければならない。」という原則さえあれば十分である。

経営者がどういう債権をリスクのある債権と考えているのか、回収可能性の評価に当たってはどういう測定方法を用いたのか、また債務者の支払い能力について何を根拠にどう判断したのか、などについて、経営者は本来きちんと説明する義務がある(これは、法的義務ではなくアカウンタビリティと呼ばれる「規範」と考えるべきものだ)。そういった説明がないまま結果の数字だけ出しても、自己採点表を作ってみましたというだけで、片手落ちな決算書でしかない。投資家が、開示された情報に基づき経営者の考え方を自らが再評価し、数字を修正して利用できるようになれば、投資判断の素材を提供するという会計の役割に適うし、企業側もあらぬ誤解を招かずに済み、会計制度もシンプルになり、監査費用も少なくなり、社会的コストも下がり・・・・・・。

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