経営者による判断と情報の非対称性

2007年3月12日 | By 縄田 直治 | Filed in: 会計原理.

最近の会計基準にはやたらと「公正価値」(fair value)なる概念が用いられている。通常は市場のあるものであれば市場取引されている価格が公正価値として認められるが、市場のないものであれば専門家の鑑定などが用いられる。しかし、正味現在価値法などによって求められる価値は、最終的には経営者の主観的判断に依存せざるを得ない。

繰延税金資産の回収可能性の検討の際に用いられる将来事業計画や、減損会計における固定資産の生み出すキャッシュフロー計画など、会社の内部情報に依存せざるを得ない場合がこれに該当する。

監査でいつも「公正でない」と感ずるのが、この経営者の主観的判断について誰もその適否を判断できるわけではないにもかかわらず、キャッシュフロー計画などを用いて算定された資産の回収可能性などを、監査人が適否を判断しなければならない立場におかれてしまう点である。本来は経営者の判断事項はそれを利用して会計処理の適否を判断するのであり、経営者の判断自体を判断するものではない。そもそも何もその判断をサポートしてくれる客観的な会計基準がないところで、会計処理の判断をしなければならないというのはおかしな話である。最後はそれで「お墨付きを与えた」と言われてしまう。

本来は、会社の将来に対する経営者の経営判断が妥当であるかどうかなど、株主が決めることであって監査人が決めることではない。しかしながら、市場に対しては経営者の判断に関する情報が定性的なものも含めほとんど開示されていないため、監査人だけが一方的に判断することになる。そして結果論から経営者の判断が正しくなかった場合に、「監査人は何をしていたのか」とお叱りを受ける可能性がある構造になっている。

この問題を解決する方法は一つある。現在の会計制度には、経営者の見積もりの根拠を開示する制度は一切ないが、例えばその見積もりの根拠になっている数字を監査対象外の情報として開示して、それを元に決算での処理がされている限りにおいて、監査人は意見を述べることができるとすることである。 そうすればまず第一義に株主からお叱りを受けるのは経営者であり、前提条件が開示される以上は経営者も説明責任があるから、より真剣に事業計画を考えるだろう。
経営者による主観的な数字であっても実質的には客観的な判断とされるようには、やはりそういった制度的担保が必要なのである。これを監査人のみに責任を負わせるのは一方的過ぎるし、制度のバランスを欠いていると考える。万が一にも疑義が生じた場合であっても、監査人には守秘義務があるから、経営者の見積もりにおける仮定を自ら対外的に説明することすらできないという苦しい立場にある。

最近になって一つ明かりが見えるようになってきたのが、継続企業の前提に関する注記で、「資金調達計画が実行されることが前提で・・・」というような決算を作成するに当たって用いられた条件に関する情報が提供されるようになったことである。

もともと企業内容開示制度は、経営者と株主等利害関係者との間における、会社に関する情報の非対称性を解消するための制度である。この非対称性という観点では、監査人は厳格な守秘義務条件の下に経営者側と同じ立場にあって、利害関係者の立場で判断するということが期待されているが、実は、経営者と監査人との間の情報はまったく非対称であり、現状としては監査人は時差のある情報しか入手できない。 本来の目的たる、市場と会社とのコミュニケーションという観点から、開示されるべき情報を考慮して欲しいものだ。

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