財務諸表監査における不正対応

2013年12月7日 | By 縄田 直治 | Filed in: ブックレビュー, 不正.


読み応えのある本だった。
とはいえ著者の主張のエッセンスは明確で一貫している。理解不足の愚と誤解とを恐れずに記せば凡そ以下のとおりである。

1.不正会計の原因は、不適正な開示を行う経営者と、(姿勢に)問題のある監査人・(能力が)未熟な監査人とが組み合わされた時に発生する。
適正会計は第一義的には財務諸表作成者たる経営者が内部統制により対処すべき責務(いわゆる二重責任原則)であるが、経営者により対処されないあるいは経営者によりなされる不正会計には公認会計士が真摯に対応すべきである。期待ギャップとは監査人の対社会への認識ギャップであり、社会の監査人に対する誤った期待ではない。

2.いわゆる監査の限界を論ずることは、監査人の思考停止を招く。会計士自身が論ずる際には自己弁護(あるいは自己欺瞞)になってしまわないよう限界そのものを打破する努力を、現場会計士、組織(会計事務所)、そして業界団体のそれぞれのレベルで不断の努力をすべきである。

3.不正については社会的実験が不可能なため、豊富にある事例から学ばねばならない。学ばない者は不正に関する知識を得ず、知識がなければ端緒にも気付かず、結果的に不正を見逃してしまう。不正実行者も相当の「工夫」をしてくるがどこかに端緒は必ずあり、それに目が行くのは知識があるからだ。ゆえに監査人は事例を他山の石とせよ。

4.監査の依って立つ理論であるリスクアプローチとは、極めれば不正リスクに対応することである。不正リスクへの対応とは「こうすれば見つかる」という外部にある方法論を適用することではなく、監査人が知見に基づき個別具体的に思慮すべきことである。思慮不足は監査実務における手続書の一般化という形で現れ、手続の形骸化を招く。

5.職業的専門家としての正当な注意とその中心にある懐疑心とは、監査人の誇りと自覚と独立性とで支えられる。監査および監査人の独立性とは、巷間言われる監査先との経済的利害関係のみならず、その利害関係者、さらには規制当局に対しても自立していなければならない。専門職業としての自律があってこそ独立は確保され、それを目指す姿勢こそ不正会計の防止に繋がる。

本書は三部構成である。

第一部では公認会計士監査制度を概観し、監査の目的、職業的懐疑心、リスクアプローチ、期待ギャップなどの監査を理解するための基本概念を整理した上で、不正会計と監査基準とが平行的に変遷していく歴史を論ずる。

第一部を受けて、第二部では監査実務における不正対応のあり方を論ずる。
不正の端緒、不正の兆候という不正リスク対応基準より明確な著者なりの概念整理に基づき、具体的にどのような取引でどのようなリスクが想定されるか、公認会計士としての心構え、そして深度ある手続などが論ぜられる。

第三部は不正リスク対応基準自体についての導入経緯、制度立て付け、監査を取り巻く枠組みが示される。

昨今、読者の目を引くタイトルと副題に惑わされ中身は薄っぺらい粗製乱造な本が増えているが、本書は「財務諸表監査における不正対応」という書名に違わずテーマそのものを丁寧に拾い上げており、不正会計や不正リスクに対応する監査について勉強するには、幅広くかつ無駄のない内容を扱っている。それは著者の監査ないしは不正会計を巡る多様な経歴が現れているのだろう。また、著者の有り余る研究知見にも拘らず紙数の都合からか脚注に持って行かれた記述も、読んでいくにつれ過去から不正について論じられた実務家の論文等が各所で紹介されており、改めて自分の勉強不足を認識するにはよいきっかけであった。

本書は各部が相互関連しつつも独立で記述されているため、実務で参考にしたい現場の会計士であれば第二部から、改めて監査とは何かを考えて現場を指導する立場の会計士であれば第一部から、さらには監査法人の品質管理や組織のガバナンスに関わる立場の会計士であれば第三部から読み始めるのもよかろう。

そこには筆者自身が公認会計士であり、何とか本来の社会の負託に応えて些か沈滞ムードのあるこの業界を立て直したいという直向な思いと、不正を出してはならないという強い姿勢とが込められている。

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