大量保有報告書

2008年1月27日 | By 縄田 直治 | Filed in: 開示制度.

投資家は、ある企業の発行済株式の5%を超える株式を取得した場合には、大量保有報告書を提出する義務が課されている。先週、名だたる企業の過半数の株式(時価総額にすれば兆円単位になるらしい)を取得したという「報告」がEDINETにあったようだ。市場(とりあえず週末なので市場は閉まっているが、米国上場企業などもある)は、「ありえない」として冷静に反応しているようだが、事実とすれば日本市場を乗っ取るくらいのとんでもない金持ちがいることになる。

本件を題材に、市場の情報の信頼性確保という観点から問題提起してみたい。

一般に、情報はタイムリー(鮮度)で真実に裏付けられたものである(確度)ということが根幹に求められる。しかし鮮度と確度とは通常はトレードオフの関係であり、両者を同時に成立させるには、究極は自分で現場に行って確かめる(実証する)しかないと信じられている。EDINETの仕組は、報告された情報がそのまま開示される仕組であり、報道などでは報告情報の適否を確認しないまま開示することに批判が出ているようだが、それは鮮度だけ重視して確度を軽視しているという批判とも受け止められるが、本当にそういう問題なのだろうか。

ある情報が正しいかどうかを決定するのは、それが事実に基づくかどうかだけではない。
情報は自分が正しいと確信するときに正しいのであって、たとえ事実であっても疑っているうちは正しい情報ではないということに気がつかねばならない。あの9.11テロの映像を見た瞬間に受け容れることが出来た人はいないだろう。その現場にいた人であっても我が眼を疑ったに違いない。

誰もがその瞬間は確信がないので文字通り「半信半疑」なのである。同じ映像でも、映画館で見ていればもともとフィクションという前提の下に見ているので、安心して虚構を楽しめるのである(眼前で爆弾が炸裂したり刃傷沙汰が起こっているところで、呑気に椅子に座ってビールを飲んでいる姿の方がよほど信じがたい。)。
手の中のコインが消える手品は、コインという物体が本当にこの世から消えているわけではなく視界から隠されているだけである。その隠す鮮やかさを芸術として鑑賞しているのであり、鑑賞者は消えたことに確信を得るために、隣の人と「いま、消えたよね。すごいね。」
と確認しあいながら自分の知覚(消えるはずのないものが「芸術」によって消えたこと)を確信しようとする。
すなわち確信は自己の知覚による実証だけではなく周辺の確信との整合によってももたらされるのだ。映画や手品は騙されているという共通了解(安心という確信)の下に成立している。

つまり、確信とは、自分の知覚だけでなくそれに対する他者の裏付けと整合しなければ成立しない。そしてある情報に対する半信半疑が六信四疑・・・・八信二疑となり最終的確信を得る過程で周辺確信を集め自分で受容するにはその人なりの時間を要するはずだ。
例えば身内の死の受容れなどはその時間を要する典型である。

しかし、経済学の完全市場仮説は「情報較差がない中で情報を正しく判断できる合理的経済人の行動は瞬時に財の交換を通じて資源最適配分を促す価格を形成する」ということを言っている。中でも情報伝達や財の移動に「時間」という概念を捨象しているところには大きな問題がある仮説ではなかろうか。別の見方をすれば、情報に対する確信と判断が人それぞれであるからこそ市場で売買が成立するとも言えることを前提にしていない。

もともと適時開示の趣旨は、情報の不公平により特定者に有利な取引(端的にはインサイダー取引)にならないようにしようというところにある。情報技術の発達によって何時でも何処でも情報発信と受信ができる時代に、EDINETの情報範囲だけに鮮度と確度とを同時追求するよりも、周辺情報を含めて人々の確信を適時にサポートする仕組を構築しなければ、社会全体としての開示機能は成立しないだろう。つまり個々の情報(EDINET)に完全さを求める態度は必要だとしても、同時に、市場で流通する誤った情報を適時に検証是正する仕組があってはじめて健全な形で情報共有が可能となるのではないだろうか。その仕組は、官庁が事後規制に向かっているのだから、事前防止や適時是正の仕組は想定される危険性に応じて市場参加者が考えるべきではないか。

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One comment on “大量保有報告書

  1. 本件は25日(金)発生、金融庁が早速調査に乗り出し、27日(日)には提出者に訂正命令を出すというスピード対応だった。週末だったのが救われているが、結局、提出者は訂正命令に応じていない。

    その意図はさておき、情報の適時性と正確性をどのように両立させるかという課題が残されているとされるが、やはり情報が的確であることを立証するのは人々の「納得感」という点を強調したい。つまり、事実の裏付けを得るには時間がかかるので適時を強調するには結局は信頼をベースとするしかない。

    その典型として、開示監査制度は企業の適時開示した情報を有価証券報告書で事後的に裏付けしているということになろう。

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