時価主義と時価基準

2007年3月25日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査会計用語.

最近の会計制度のめまぐるしい変化を、新聞記事等では「取得原価主義から時価主義へ」という書き方がされる。

例えば、上場有価証券が時価で計上されるとか、固定資産に減損会計が導入されたとか、退職給付会計で年金数理計算であるPBO計算が入っていることなどの現象面を捉えている。

これには実に大きな誤解があり、報道する側もきちんとした理解をしてもらいたいのだが、
我々会計人の間でも誤用されていることがあるので、なおさら厄介である。言葉が一旦誤解されると、誤解されたままにしておいたほうが「通用」しやすいという面もあり、あまり正そうとする人がいないのも気になるのだが。

時価主義とは、貸借対照表の資産・負債を全て時価で評価するという考え方であり、これは清算を前提とした会社が貸借対照表を作成する際に最終株主に分配される残余財産を計算するために用いられる方法である。いわば企業が存続することを否定した会計であり、そこに業績測定(純資産の変動とその原因を表現する)という考え方はない。

純資産は、総資産から株主に帰属しない部分(つまり負債)を控除したものとして計算される。これは株式会社の財産の「最終的な」帰属先が株主であることを前提として、株主に帰属させるべきではない額を負債として控除することで観念上の金額を示したものだ。従来は「株主資本」とか「自己資本」と称していた。

しかし平成19年5月の会社法施行に伴い純資産概念が拡張され、株主資本だけでなく有価証券の時価評価差額や為替換算調整勘定、新株予約権などが入るようになった。他方、従来は株主資本と称していたものが純資産であるとの解釈であったのが、純資産の中の一項目に株主資本という概念がきっちりと決められたことは、株主に帰属する部分とそうでない部分とが従来よりは明らかに区分されたという意味で意義深い。

株主資本に帰属しないものの代表としては有価証券の評価差額がある。これは金融商品等会計処理基準により投資有価証券の簿価と時価との差額(平たく言えば含み損益)から税効果を調整したものを純資産の部に計上しているものだが、明らかにこの含み損益は「株主資本には帰属しません」と貸借対照表は主張している。

その他、純資産に帰属しないものとして、減損会計の退職給付債務の年金数理差異のうち遅延認識される部分は注記されるだけで、株主資本どころか純資産にも含まれていない(米国ではこれを、その他の包括利益に含めようとする動きがあるらしい)。
固定資産も減損の兆候があるものだけを対象にして認識、測定の手続を経たものだけが減損損失の計上対象となり、一部の固定資産についての減損損失は株主資本に影響するものの、他方、土地の含み益などは株主資本どころか純資産にすら含まれない。

つまり、現行会計制度の純資産概念は、時価という統一された考えで評価基準が規程されているのではなく、取得原価主義の枠組みの中で資産の回収可能性(将来のキャッシュフローを生み出す基になるか)を時価という基準を用いて測定し、回収できないと考えられる部分を損失処理しているに過ぎない。こうしてみると、有価証券の評価益はかなり異例な扱いを受けて純資産を構成していることが分かる。とはいえ、有価証券の処分によって収益が「実現」しない限りは利益として株主資本を構成しないという考え方は、取得原価主義の枠組みからは全くはみ出ておらず、これを「時価主義」ということ自体が憚られるのである。

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