会計のパラダイム

2010年11月19日 | By 縄田 直治 | Filed in: 会計原理.

日本経済新聞(2010年11月18日)の「経済教室」で一橋大学の藤川佳則准教授が「サービスサイエンス」という学問領域に関する興味深い論文を掲載している。

サービスサイエンスは、従来、「勘と経験」に基づいて提供されると考えられていたサービスについて科学の対象と捉えて、他の学問分野と融合させて体系化し、その成果をイノベーションや生産性向上など経済成長の原動力の創出に結び付けようとする試みである。

企業の存在意義は言うまでもなく顧客ひいては社会への価値提供にあると考えられている。現代会計は、まさにこの社会への価値提供をどのように測定し、株主権に化体させ、その責任を経営者に責任を負わせるかというパラダイムを前提に理論構築されている。しかし、サービスサイエンスの考え方を知ってしまうと、そのパラダイムは空虚であり、まして企業観がそのように変化しているとなると、会計もパラダイムのシフトをしなければならない時代になっていると考えされられてしまった。

従来の世界観では、モノが中心にあってこれを使ったり使えるようにしたりするのがサービスという考え方であった。これをGoods Dominant Logic(GDロジック:モノ中心世界観)という。
これに対して、すべてをサービスを中心に捉えてサービスにモノが伴うか伴わないかという違いで捉えようとする、Service Dominant Logic(SDロジック:サービス中心世界観)が提唱されている。

例として挙げられているのが、電動ドリルを生産する企業は「ドリル」というモノを提供しているのではなく、「穴をあけるサービス」を提供しているという視点である。
アマゾンは本を売っているのか、それとも本の選びやすさ買いやすさ入手しやすさを売っているのかと問われれば、間違いなく後者である。駅前の書店でもアマゾンでも、同じタイトルの本(モノ)から得られる効用は同じである。

これに伴って価値概念が変化しているという。

すなわち、GDロジックでは、生産者対消費者という考え(企業が価値を生み出し顧客がその価値を消費する)という考え方を前提とする。この考え方においては、企業が創るモノやサービスが貨幣と交換される際に実現する「交換価値」を重視する。しかし、SDロジックでは、企業と顧客双方がお互いに相互作用しあうことで価値を創造する「価値共創」を前提とし、企業と顧客との様々なやり取りの中での「使用価値」や「文脈価値」を重視する。顧客はサービスを受ける客体であると同時に価値を協働創出する主体でもある。

リース会計の世界では、ファイナンスリースとオペレーティングリースとの区別の仕方とこれに伴う貸借対照表への計上方法が四半世紀に亘って議論されてきているが、的確な回答を得ていなかった。
IFRSの草案では「リース資産使用権」という概念を導入して、ファイナンスかオペレーティングかを問わず、資産に計上させようとしている。リース資産使用権という考え方は、いわば物件の持つ効用(サービス)を金銭的に評価して資産として計上しようとするものだから、上記のSDロジックである。一方、ファイナンスかオペレーティングかの区分は物件(物権)に対する支配を問題としているからまさしくリース物件をモノとして捉えており、GDロジックに対応しよう。

収益認識を捉えてみよう。収益を認識する要件としては、
1.価値の移転
2.リスクの移転
3.対価の受領ないしその確定
4.対価の測定可能性
5.公正な価値
が挙げられている。これなど、典型的なGDロジックに基づく交換価値概念を前提としている。「顧客との価値の協創」というロジックは全くない。悪く言えば、「売り逃げ」しないと売上は計上できないという馬鹿な話にも見えてくる。

会計が前提としているGDロジックは、実は企業経営に対してGDロジックを逆提唱している。換言すれば、経営者はSDロジックで経営志向しつつ、評価においてはGDロジックで評価されることから、それが経営者の判断とひいては企業行動をGDロジックに引き戻している可能性がある。

これからのIFRSの検討していることが、SDロジックなのかGDロジックなのかは、ロジックについての考え方とIFRSそのものをさらに詳細に学ぶ必要がある。とはいえ、こういった新しいパラダイムを前提に会計を考えると、まったく違った見え方をする可能性があるのが、「コンテンツビジネス」だという予想をしておきたい。コンテンツはモノではなくサービスでもない。メディアやライブを通じてコンテキストを提供者と利用者とが感動という形で共有するもので、まったく新しいパラダイムが必要な会計分野だと言えないだろうか。

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