生成AIブーム

2026年4月1日 | By 縄田 直治 | Filed in: 思うところ.

chatGPT、Gemini、Claudeなどの生成AIが新聞等で話題にならない日はありませんね。しかもほとんどのサービスがクラウド環境である程度まで無償利用できるという点もユーザを続々と増やしている要因の一つでしょう。

一方で、生成AIが出す「回答」には必ずしも事実関係が正しくないことや明らかな誤りなどが含まれており、いかにも「それらしい」答えを出すいわゆるハルシネーションが問題として指摘されることも、利用者の間では常識化してきました。

私が生成AIを使う場面は比較的限られています。

  • Rなどプログラミング言語を動かしたいときにソースコードを書かせる
  • 外国語の文献を読みたいときにひとまず要約させる
  • パソコンのトラブルが発生したときに解決策や原因を調べる
  • 書物に書いてあることでよくわからないことを噛み砕いて説明させる
  • データの整理、統合など

といったところでしょうか。一方でお試し以外ではほぼ全く使わないのが、

  • 画像や映像を制作する
  • パワーポイントのスライドを制作する
  • 要点を与えて文章にさせる(議事録やブログの記事を作るなど)

です。手元の仕事でその必要性に迫られていないからというのが主な理由でしょうが、ある時、自分の使い方に面白いことに気が付きました。

それは生成AIを自分の知識のインプットでは情報の整理のために使い、アウトプットではほぼ使わないという点です。つまり生成AIからの知見をインプットする際にはあくまで理解の補助道具として使うことはあっても、他者への説明などにおいてはあえて使わず、アウトプットする過程で自分の理解を整理しているわけです。もちろん締切に迫られて制限時間内に何かを作らねばならないというときに役に立つ使い方はあるのでしょう。しかし生成AIにできるアウトプットをお客さんなど相手方に持っていくならそれ自体を相手方にできるようになってもらうほうが断然効率がいいのではないでしょうか。

あくまでも自分の理解を助けるために「壁打ち相手」として生成AIを使ったり、自分の作業(それ自体は知的価値を産まない)の補助者として使っていれば、ハルシネーションさえもある意味楽しむことができます。

先日、あるクラウドサービスの使い方がとても複雑でよくわからないことを、chatGPTの助けを借りながら解決のためのやり取りしていたら、無償で提供される上限を過ぎてしまったため、geminiの方でも同じことをやってみました。

するとchatGPTは「必ずそれはできます!」と答えていたことが、geminiのほうからは「それは絶対無理です。なぜなら・・」という回答が理由付きで返ってきました。事実としてどちらが正しいかどうかよりも、これは両方ともハルシネーションを起こしているのではないでしょうか。「必ず」とか「絶対に」というのはことばの綾としてあっても状況依存的な場面では使えることばではありません。むしろ「できることもあればできないこともある。ケースに分けて考えると・・」と回答するほうが親切だと私は考えます。

しかし「最終的な正解」を期待しているユーザは自分で考えろと言われているようで不満かも知れません。このように使う側の態度が問われるのが現下の生成AIの能力でしょう。

ときどき生成AIに仕事を奪われる・・という表現を見聞きしますが、そもそも意思を持たない生成AIはことばを生成する以上のことはできません。情報処理作業を代替することは可能ですがそれ自体は情報技術の発展の一態様に過ぎないわけです。「奪われる」と感じるのは人間のもの見方がそう感じさせているだけとも言えます。

むしろ、これまでは厳格にコードを書いて指示を与えなければ使えなかったコンピュータを、曖昧さを含む自然言語でも使えるようになったという点が、生成AIの本質ではないでしょうか。そして便利な道具を組み合わせてどう業務や生活を変えていくのかという課題の解決策の例はいろいろと生成AIに出させることはできたとしても、最終的には相変わらず人間側に選択は与えられたままだとも言えますね。


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