固有リスク

2022年8月28日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査会計用語.

「固有」の意味

固有リスクとは元は国際監査基準のInherent Riskの訳語です。このinherentの意味は、手元にあるLONGMAN Dictionary of American Englishを紐解くと、

forming a natural part (of a set of qualities, a character, etc.)

LONGMAN Dictionary of American English, 1983

とあり、ものごとに自ずと備わっている部分というような意味です。固有と言うと「独特な」とか「特別な」イメージがつきますが、英語の語感は「元々ある」とか「内在している」程度の言葉でしょう。

難しく考えることはなく、会計処理について本来考えられる認識と測定と表示に関する誤りや不正について、会社の事業等の理解つまり業種や業態に基づいて、あるいは特定の取引があればそれ自体の財務諸表への影響について考えろという意味に過ぎません。つまり、監査人が監査対象組織のビジネスなどをしっかり理解して本来どのような会計処理が適しておりそれにはどのような手順が必要となるか、白紙に帰って考えるべきものが固有のリスクです。関連する会計処理に関する知識があることは重要な前提です。

監査基準の定義

固有リスクは、

関連する内部統制が存在していないとの仮定の上で、取引種類、勘定残高又は注記事項に係るアサーションに、個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が行われる可能性をいう

監査基準委員会報告書200 4.定義12(1)①

とされています。

固有のリスクという概念が分かりにくいのは、定義の中にある「関連する内部統制が存在していないとの仮定」というくだりで、これを内部統制が有効に機能しなければ・・と解釈してしまうと、誤った理解になります。

固有リスクは監査リスクの因数

監査基準では、監査リスクを重要な虚偽表示リスクと発見リスクに分けて捉えており、重要な虚偽表示リスクは財務諸表全体レベルとアサーションレベルで存在していると説明しています(監基報200第16項、12項(5)及びA33項参照)。さらにこのアサーションレベルのリスクを、固有リスクと統制リスクという要素で捉えています。

固有リスクは統制リスクの定義と比較すると両者の関係が見えてきます。統制リスクは、

取引種類、勘定残高又は注記事項に係るアサーションで発生し、個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が、企業の内部統制によって防止又は適時に発見・是正されないリスク

監査基準委員会報告書200 4.定義12(1)②

となっており、固有リスクの「関連する内部統制・・」のくだりを除けば、「企業の内部統制によって防止又は適時に発見・是正されない」の部分だけが違っています。

私なりに定義すれば、

  • 固有リスク・・・取引種類、勘定残高又は注記事項に係るアサーションで発生し、個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示が財務諸表に影響しているかもしれないこと
  • 統制リスク・・・固有リスクの発現が企業の内部統制によって防止又は適時に発見・是正されないまま財務諸表に残っている影響

ということになります。

固有リスクはビジネスが自ずと持つあるべき会計処理に関する誤りなどの影響ですから、内部統制があろうがなかろうが関係ありませんし、会計処理がされないということや、不正による影響も含まれます。内部統制がないと「仮定する」ことがむしろ内部統制の存在を意識させることになり、固有リスクのこの定義の言葉は、誤っているとは言いませんがもう少し表現を工夫すべきでしょう。

統制のリスクは、統制によって防ぎえない監査対象財務諸表に含まれている数字の誤りの範囲や程度のことであり、内部統制が有効に機能しない可能性ではありません。発見のリスクも同様で、監査人が不正や誤謬を発見できない可能性と理解するのは誤りで、正しい理解は監査人が誤謬や不正による虚偽表示を発見できないことによる財務諸表に現れる影響として理解すべきです。

ここでもう一つ分かりにくい点が、「個別に又は他の虚偽表示と集計すると重要となる虚偽表示」という表現ですが、この「重要となる」は結果から見た場合を言っており、監査実施過程で重要となるかどうかが分かるわけではありません。

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