CAAT推進:後進を託す

2015年7月19日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査と監査人, 監査技法.

2009年以来6年間取り組んできたCAATの活用推進という組織的テーマの担当業務を、優秀な後継者に託して自分はそこから事実上身を引くことになった。

もともと、CAATに興味を持ったのは会計士補の頃で16ビットパソコンがようやく登場した時期と重なる。スプレッドシートがようやく使われ始めた頃だったが、仕事の関係でデータベースも覚えたことから何となくその処理能力に魅惑されたのがきっかけである。当時はPCの処理能力も低くメインフレームをやっている人からは「パソコンなんかでは・・・・」といわれたりしたが、自分はハードの処理能力とソフトの使い方とデータ容量との関係だけの問題だと割り切っていたので、気にも留めなかった。むしろ、どのようにその処理能力を「活かすか」という視点を持ち続けてきた。

四半世紀も何らかの思いを持ってきた仕事だけに一抹の寂しさはあるが、一方で、今までは個人の延長でしかなかった活動がいよいよ組織的に動き始めたのだという息吹を感じてもいるので期待も大きい。換言すれば自分の限界を自分では乗り越えられなかったが、漸く組織が動くようになったきっかけを作ったという自負は持ちたい。

監査手続というものは実務の中での経験(これは不正や誤謬の経験でもある)を踏まえて慣習として育成されてきたものが定着してきたものだ。ある監査目的(たとえば売掛金の実在性を評価する)に対して、どういう手続を採れば良いか、あるいはその手続に対してどういった手法をどのタイミングで行えばよいかという判断をするのが監査の仕事であり、個々に異なる監査対象会社の状況と手前の時間、人員、能力、といったリソースを踏まえて判断していく必要があるので、極めて高度な仕事とされている。高度とされるのは、言葉でそれを伝えて納得感を得られるものばかりではないし、頭で分かっても個別の状況に応じた行動が採れるかというとそういうものでもない。高度な訓練を受けた軍人が実戦の場でまた別の知見を得ることがあるように、実践して体感して知識化し体系化して、さらに実践して知識を修正する・・・という活動の繰り返しの中に監査手続は位置づけられるものだ。言い換えれば、理論的な発展だけでなくこれと併行した実践的な発展、つまり人のスキルの向上が伴わなければ、監査自体はより高度化されることはない。また職業人が職業人とされるのも、知識の発展と実践とにコミットしているからこそであり、既成の監査手続をただこなしているだけでは、個人としても業界としても発展はない。医療の世界でも、解剖学をベースとした医者の診る眼と手術の腕の向上がなければ、いくら内視鏡が技術的に高度になったとしても、MRIの映像が鮮明になったとしても、患者は救われないのだ。

監査における情報技術の利活用を主眼とするCAATもこの例外ではないが、このテーマに取り組んで難しいと感じていたところを記しておきたい。

CAATは作業の外観からは、会社のデータを入手し、前処理(クレンジング)、分析(シミュレーション)、結果の判断という一連の過程の繰り返しである。但し監査手続の一環としての作業である以上、どのデータ、どのような分析、結果をどう判断するかについては、その過程の前段階としての立証目標の設定がある。それは、会社の活動実態がデータとして反映されていること、会社のデータが会計基準に沿って処理(科目や注記として表現)されていること、そして全体として描けるイメージが、会社の実態を誤解させないことであり、いずれも監査人の心証として形成される事象である。立証目標の設定はいわば心証形成の手段である。

監査においてCAATが必要とされる理由は、昔から言われているように、デジタルデータはそのままでは見ることができないので可視化するところに第一歩がある。無論、紙の帳簿があって会社の取引の全貌が見える状態であればそれでもよいのだが、税務の領域でさえも電子帳簿保存法が制定されていることからして、もはや紙の帳簿は期待できないだろう。見えないデータは監査も調査もできないのだ。

次に問題となるのは、可視化したデータを「見ました」というだけではなく、データから何らかの事象を読み取らなければならない。読み取るためにはデータのリストを眺めて「わからないほど、たくさんありますが、一生懸命数えたら10万件ありました」というのも一つの読み取り結果ではあるが、それでは何の目的も達成しない。したがってデータを見えるだけではなく使えるようにするという意味で、可視化ではなく可用化というべきかも。可用化されたデータは実際には何らかの分類をして数字を要約することが必要である。例えば「支店別の売上高の月別推移」などである。それを可読化と言おう。

可読化の結果として、読み取れる事実は一つの知見である。
経営者は情報システムを用いてその知見を経営に活かす。しかし監査の場合は、その知見を鵜呑みにしてはならないとされる。つまり、不正や誤謬があるかもしれないという懐疑心を持つことが求められるので、正当な注意を払ってこの知見の信憑性を評価しなければならない。このときに必要なことがデータの「相対化」である。一般には、比較という方法により相対化される。例えば、「ある月の売上高が他の月に比べて抜きん出ている」というのは月別の相対化であり、「他の支店と比べて売上が大きい」というのは組織別の相対化であり、「予算に未達成」というのはあるべき姿からの相対化である。経営管理の書物には一般に平たい表現で、「前年(同期)比、予算比、他社比」などと書かれているが、「時系列比較、想定比較、業界傾向との比較」と言い換えることもできる。ここでは色々な比較の手法、分析の手法が適用できるので、統計の知識があることが望ましい。

以上は、監査で分析的手続とされるものだ。

ここで別の問題が発生する。
そもそも、分析に用いたデータは「正しそう」には見えているし矛盾点もないとする。しかしそもそも前提としてデータに取引活動が正しく反映されているのかという疑念が生ずる。さらに、分類されたデータが醸し出している知見に対して、その値に一定の影響を与えている個別のデータについて信頼性を確保しなくてよいかという課題もある。前者は内部統制評価におけるデータの信頼性の確保がテーマであり、後者は個別取引に対する詳細テストである。データから得られる知見が分からなければ、そのデータの信頼性の裏づけとして何を確保しなければならないのかは当然に分からない。知見なしに全件の取引を精査したところで何の意味も持たないことは明らかである。売上が伸びているという知見に対しては、売上の実在性が問題となるし、滞留債権があるという知見に対しては他にないのかという点を問題視するのが、監査人の懐疑心であり、信頼性の裏づけを得る方法として何を採用するかを判断できるということも、監査人の監査人たるゆえんとなろう。それらはアルゴリズムで判定できるものではない。もちろんアルゴリズムそれ自体の意味が分かった上で監査人の判断として採用されるのであれば、それを用いることを否定するものではない。

以上が私の描いている大雑把なCAATの流れのイメージなのだが、従来の監査と何が違うのかというと、単に道具立てが違うだけなのだ。道具を監査人が使い(こなし)ながらデータを読み取り、裏づけを得ながら心証を形成していくという意味では何も変わっていないが、情報処理ツールが入っているだけのことである。ただ大きく違うのは、道具がそろばんや電卓のように誰でもすぐに使えるものではなく、それなりの学習と訓練がなければ使えないということなのだ。さらには、その学習と訓練機会を増やすにあたっても、数字を見る判断力と不可分であるため、実践に近づけようとすればするほど、実際のデータを用いなければ手を動かしたところで実感が沸かず観念的なデータ処理になってしまう。実感がなければ普及に対しても説得力を持ち得ない。

また、監査人はデータ処理「結果」を判断できればよいと考えている人が多いのだが、会社の取引実態とデータ処理の関係性をわかっていない判断は、健康診断の検査指標と人体解剖学の知見とがつながらない素人が体重を計って我流食事療法を始めるようなことと判断の質としては同じレベルになろう。但し、結果として招く責任の違いは大きい。

データを処理してある結果が得られた場合に、その結果だけを証拠として結論づければよいのか、過程と結果とが一体となって結論付けられるのかは、監査の原点である心証形成とはいったいどういうことなのかということを再度考えてみる必要がある。監査技法の高度化を図るにも情報技術(ソフトウェアエンジニアリングやハードの高スペック化)の高度化と人の高度化とが混在しているのでその説明が難しく、さらにあってはならないことだが、コンピュータが監査人の代わりに判断してくれるなどの「淡い期待」を抱き、それは自分(監査人)の領域外のことだと考えている人も少なからずいて、失業を意味していることなど考えも及ばない。組織となるとなかなか壁は高いのだ。

だらだらと書いてしまったが、高度化する情報技術を使いこなす(人の)監査技能の高度化があってこそ監査技術は高度化するということが言いたかっただけなのである。その説得とそれに向けての明確な対策が立案できなかったことは、自分の限界として認めざるを得ないが、もしかすると「気づき」を促すことだけはできたのかもしれないと、少しだけ言い訳する余地を残しておきたい。

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