財務報告統制を考えるにあたって最も難しいのが、「財務報告上のリスク」を的確に把握することだ。リスクとは虚偽記載の発生因子となる事象と置き換えることができるが、このリスクの把握方法をモデル化する試みは知る限りはない。以下、今後の整理のために記しておく。
1.虚偽記載をもたらす原因には、作成者の意図との関係による類型として、不正と誤謬とがある。
(1)不正は虚偽記載に対する意図がある場合で、誤謬は意図がない場合である。
(2)情報が虚偽である以上、意図の有無は情報の価値としては変わりはない。しかし、情報の一部に不正が見られた場合には、虚偽が及ぶ範囲が拡大すると推定されるため、同じ公表数字であってもより信頼感は落ちてしまう。不正の排除という点で、内部統制は情報の信頼性を側面から担保する仕組となっている。
(3)なお、誤謬が発見できなければ、虚偽記載結果をもたらす不正も発見できないことになる。
2.虚偽記載とは、企業に起こっている事実(会計事象)とその会計による表現(会計処理)とが、両者を結びつける基準(会計諸原則)に照らして一致していないことである。一致しているかいないかは、まずは作成者たる経営者が判断する。この場合、
(1)前提となっている会計事象そのものに対する認知の相違と、
(2)適用すべき会計諸原則の判断の相違と、
(3)適用した会計原則が定めている処理と実際の処理との相違とがある。
3.会計事象とは企業環境(価格等)の変化や企業行動(契約、所有など)の事実ではなく、環境や行動がもたらす貨幣的価値の変動のことである。
4.会計(財務報告)活動とは貨幣的価値の変動を把握して報告することであり、環境や行動を会計事象に変換して認識するところから始まる。
5.環境や行動を会計事象として捉えるべきかどうかは、会計諸原則で決められる。
(1)適用すべき会計諸原則を知らなければ、環境や行動を認知していても、会計事象として捉えられない可能性があり、結果として会計処理の誤りに繋がる可能性がある。
(2)環境や行動を認知していても、会計事象(=貨幣的価値の変化)としての捉え方に相違がある可能性がある。
(3)よって、企業は会計諸原則と想定される環境変化や企業行動を前提に会計事象の捉え方を会計方針として確立する。
6.会計事象に対する認知の相違は、時系列で捉えることができる。
(1)会計事象が存在したかどうか=過去事象への認知—-簿外取引、架空取引
(2)会計事象が存在しているかどうか=現在事象への認知—-市場価格、取引先の信用状況、生産要素(労働、設備、商製品、原材料、知的財産)の稼働状況や、契約等の存在の有無
(3)会計事象が起こり得るかどうか=将来事象への認知—-資産の回収可能性・利用可能性、負債の弁済可能性
(4)会計事象が起こっているかどうか=継続事象への認知—-減価償却、役務の発生
7.会計事象と会計諸原則を正当に認知していても、実際の処理がそれを反映しない可能性がある。
8.会計情報が適切に作成されても、最終報告されない可能性がある。
(1)会計諸原則には、価値変動の認識時点や測定(計算)方法を直接的に規程するものと、その理解を促すための補足的情報提供を規程するものとがある。
(2)通常の意味において粉飾は、前者に関する非違行為と捉えられるが、会計不正は後者に関するものも含んだ概念である。
9.将来事象への認知は、過去事象及び現在事象への認知からしか得られないが、経営者にはその能力(予想力ではなく合理的推定力)があることが前提となっており、逆にその能力がないことは想定されていない(つまり許容されない)。これは経営者個人の能力であっても、経営者が人事権等を通じて得る能力であっても構わない。
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