IFRSと管理会計

2010年12月23日 | By 縄田 直治 | Filed in: ブックレビュー.

前掲書で「IFRSは企業経営にほとんど役立たない」という記載を紹介したが、もう少し深堀してみたい。

この問題は古典的な問題として存在している、管理会計と財務(制度)会計との一致をどのように図るかというテーマである。経営者は制度会計における決算を「成績表」として公表し評価される立場である。管理会計はそれを前提にして、経営資源を効率的に運用して如何にレバレッジの高い付加価値を生み出しているかをモニタリングする手法である。つまり、管理会計と財務会計の一致とは、単に数字が同じということではなく、財務会計の数値の意味を管理会計が説明できなければならないという思想だった・・・・・・すくなくとも、IFRSというものが出るまでは。

IFRSは投資意思決定に役立つ情報を提供する目的に限った開示情報制度である。そもそも「会計なのか」という議論はさておき、「企業会計の実務の中に慣習として発達したもののなかから、一般に公正妥当と認められたところを要約したもの」ではなく、言わばキャッシュフローを貸借対照表日に還元したときの価値でもって「客観的」に企業価値を測定しようという思想なので、実務の便宜とか利害関係者間の調整という原理は働かず、投資家の便宜と国家間の利害対立の場と化している感があるのは、些か皮相すぎる見方なのか。

IFRS対策を企業は余儀なくされているが、それはIFRSという開示制度に必要な対応だけではなく、企業経営に役立たない会計と自ら役立つと考える管理会計とをどのように調整するか、違いをどう説明するか、あるいはそもそもIFRSを批判しつつ自社の業績測定とはどうあるべきなのか、という問題を突きつけていることは余り言われていない。特に監査人は管理会計が監査対象ではないと思っているから触れる必要がないし、管理会計の助言業務など発想にすらないので、気が付いていない人も多いだろう。管理会計は統制環境でありモニタリング手段でもあるが、業務の効率性の測定、資産の保全手段、財務報告の適切性を担保するための基礎ともなるため、企業経営においては内部統制の根幹であると自分は考えている。

制度会計と管理会計という枠組みで言えば、管理会計はさらに業績測定会計(実態把握)と意思決定会計(将来予想)とに分類される。業績測定は業務プロセスの効率性の測定であり、Activity Based Costingやこれを発展させたABMが典型的な手法である。この前提に立てば、ビジネスの構造が会計測定の構造を決めるため、個別取引の集計が全体を現し、全体の分析が個々のプロセスのパフォーマンスを表すという関係が、たいへん分かりやすい。

対する、意思決定会計は、ポートフォリオ(選択と組み合わせ)思考であって、どうやって稼ぐか(how)ではなく、何が儲かるか(what )という思考だ。誤解を恐れずに言えば、IFRSはこの意思決定会計を開示するような制度になろうとしているところがあり、企業側からはそこが批判の対象となっている。つまり、経営者のプロセス思考と投資家のポートフォリオ思考の対立がある。

したがって、IFRSを導入するということはパラレルで管理会計制度を別途構築(あるいは従来型の管理を踏襲)しなければならないということで、従来の制度と管理とを一致させる考えは放棄せざるを得なくなる。他方、制度側はその不一致を前提に、マネジメントアプローチなるものを用意して、「経営者の考える業績」を開示させ、投資家思考との不一致を説明させるようになっているところが興味深い。

IFRS対策とは、本当に儲かるための管理会計を機軸として、それを投資家目線にしたときの違いをどのように納得し報告説明するかの準備をすることだ。そういう意味では、IFRSを主眼とした内部管理制度を構築すると、とんでもないことになる可能性があり、特に個別決算でIFRSという発想は、企業の競争力を内部から崩壊せしめるよう外圧をかけることを推進することになりかねない。それが日本に対するアングロサクソンの平和的制裁でないことを祈る。

戯言はさておき、以上のことを頭に置いた上で、次の文章を読んでみよう。些か時代がかった文面だが、大東亜戦争の傷跡から立ち直ろうとする日本人の息吹を感じさせるし、会計がこれほどの役割を持っているとの実感はコンプライアンス思考のいまの会計人にはないだろう。IFRS時代になってその輝きを取り戻しているように思える。納屋から見つかった祖先の御宝を見つけた気分だ。

 企業会計原則の設定について

       (昭和二十四年七月九日 経済安定本部企業会計制度対策調査会中間報告)

(目的)

一 我が国の企業会計制度は、欧米のそれに比較して改善の余地が多く、且つ、甚しく不統一であるため、企業の財政状態並びに経営成績を正確に把握することが困難な実情にある。我が国企業の健全な進歩発達のためにも、社会全体の利益のためにも、その弊害は速かに改められなければならない。

 又、我が国経済再建上当面の課題である外資の導入、企業の合理化、課税の公正化、証券投資の民主化、産業金融の適正化等の合理的な解決のためにも、企業会計制度の改善統一は緊急を要する問題である。

 仍って、企業会計の基準を確立し、維持するため、先ず企業会計原則を設定して、我が国国民経済の民主的で健全な発達のための科学的基礎を与えようとするものである。

(会計原則)

ニ 1 企業会計原則は、企業会計の実務の中に慣習として発達したもののなかから、一般に公正妥当と認められたところを要約したものであって、必ずしも法令によって強制されないでも、すべての企業がその会計を処理するに当って従わなければならない基準である。

  2 企業会計原則は、公認会計士が、公認会計士法及び証券取引法に基き財務諸表の監査をなす場合において従わなければならない基準となる。

  3 企業会計原則は、将来において、商法、税法、物価統制令等の企業会計に関係ある諸法令が制定改廃される場合において尊重されなければならないものである。

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