監査証拠と心証形成

2009年11月15日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査会計用語.

監査人は監査意見を表明するにあたって十分な証拠を入手しなければならない。
「十分な」とは、重要な虚偽記載のリスクが合理的に低減されたという心証を得ることと同義である。実はこの心証と証拠との繋がりを論理的に説明するのはかなり困難である。


たとえば、現金実査によって、監査人が会社の金庫の中に現金100万円が保管されていることを確認したとしよう。さらに、現金出納簿の期末残高が100万円を示しており、総勘定元帳の残高とも一致している場合、会社の現金の実在性について監査人は十分な証拠を得たと言えるのだろうか。
答えは否である。
その現金は、誰かが自分の小遣いをたまたま会社の金庫が安全だから保管していたのかもしれない。オーナー会社だったら社長のプライベートな資金である可能性は十分にある。つまり、「そこに現金が100万円ある」ということと「会社の資産として現金が100万円ある」ということとを直接的に繋ぐ証拠は何もないのだ。

もうひとつ例を挙げて見る。

ある人が業務上の移動にタクシーを使い、領収書を入手して支払いの証拠とした。それが業務用であれば、例えば「交通費」という勘定科目で会社は出金処理するだろう。監査では(金額はさておき)これをどう考えるか。領収書は単にタクシー会社が運送サービスを提供した対価を受け取りましたという証拠でしかない。それを会社の経費とするにはタクシーを利用した当人の申請と業務を命じている上司の了解がなければ、会社の費用とはならない。つまり、タクシー領収書だけでは金額の確認はできても、それが会社の経費なのかどうかは判断できない。そこに営業日報とか経費伝票といった「意思表示」の資料を用意し、行為の裏づけをしなければならないのだ。

監査証拠は、会社の理解、事業の理解、内部統制の理解および評価、会計数値の実証テストを通じて入手されるものである。つまりある証拠が直接的に決算数値を保証することは少なく、むしろ色々な証拠を入手しながら、心証を形成していくと言ったほうが正しい。
一番わかりやすい現金でさえこの調子だから、売掛金とか売上となるとその妥当性の立証はかなりの困難を伴うことになる。
だから監査人は、個々の勘定の妥当性については意見表明しないことにもなる。
したがって、十分な証拠を得るために十分な手続が行われることを監査人に求める前提として「一般に公正妥当と認められる会計実務」に基づく経営者の主張がなければ監査は成立しないのである。これは二重責任の原則と言われる。
但し、会社の会計実務は業種業態規模によって千差万別であり、それに対する気持ちの入れようも経営者の判断で大きく異なるのが実情である。あたかも、年齢・性別・職業・環境などによって求められる「健康」の水準が異なるが如しである。
より適切な経理実務を執り行おうとする経営者に対する信頼が監査人の心証形成の頂点にこなければ、監査意見は出せないはずだ。

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