工事進行基準と工事完成基準

2009年7月8日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査会計用語.

工事契約に関する会計基準(企業会計基準第15号)が2010年3月期より本格適用されることになる。工事進行基準は文字通り請負工事の進捗状況に併せて比例的に工事収益(と費用)を認識していくという会計基準であり、工事が完成して完成物件を施主に引き渡した際に収益を認識する完成基準とは、利益測定に関する考え方が大きく異なっている。

日本の古典的会計基準は、収益については「実現」の要件を求めている。収益の実現とは、
(1)市場取引(経済的に独立した第三者との取引)を前提とした公正な価格により
(2)財貨・役務の提供(支配・管理の移転)が完了し
(3)対価(請求権、相手には履行義務)が生じている
ことをいう。

実現概念を厳密に考えれば、工事進行基準は実現主義の範疇では説明できないことは明らかである。すなわち、上記の要件に照らせば、(1)の市場取引は成立していても、財貨の提供が完了していないからである。工事進行基準は昔から税法で認められていることもあって、会計の領域でもこれを追認する形で実現主義の例外として限定的に適用範囲を明示することで認められてきたところである。

工事進行基準を適用する会計上の要件は、対価とコストが確実・正確に見込まれること、工事の進捗度合が確実に分かることとであるが、それは利益計算の条件として当然のことであり、もっと踏み込んで、実現概念を拡張してまでも進行基準を推す「正義」はどこにあるかと問えば、工事に伴う利益が工事の進捗に応じて認識されるべきであるという考え(思い込み)以外には、考えられない。

メーカーが製造過程や製品完成段階で収益を認識することはありえないが、その理由は、販売価額に確実性がないこともさることながら、お客さんに製品を買ってもらえなければ売れるかどうかすらも分からないからである。この理屈を逆用すれば、顧客仕様の受注生産の場合は契約により購入してもらえることが確実であり、対価も明確であるという説明が成り立つのだが、義務を履行しきっていない段階で利益を認識するということを本当に経営者が主張するのかどうか。また、対価が契約により確実かもしれないが、受注生産の契約書には通常の商品販売と比べてはるかに厳しく金額的リスクの高い瑕疵補償義務が付されていることが多くある中で、原価が確実に見込まれるという条件の原価の範囲についてまで明確に議論されているのかどうか。そういった意味では、完成基準の適用による収益計上であっても補償義務のコストを見積もった利益測定がなされているという妥協の産物であるにもかかわらず、さらに踏み込んだ進行基準という考え方が、本当に「期間利益」を測定する上で適切な基準なのか、とても疑問を抱かずにはいられないのである。

しかし、国際財務報告基準IFRSとの整合性ということを踏まえ、日本でも工事進行基準が原則的な方法となってしまった。これは認識される資産(債権)概念や、利益概念(業績とは何か、分配可能な利益とは)をぐらつかせる結果となり、かえって会計処理した結果としての利益が何を意味するのかが分かりにくくなってしまっている。

ところが、国際会計基準審議会(IASB)が公表したディスカションペーパでは、顧客への「支配の移転」が収益認識の要件とされる考え方が示されており、工事進行基準の適用はできなくなる可能性があるともいう。

会計基準も、時の政治的駆け引きの材料にされたり、不景気の原因にされたり、本来の会計とは違う部分での騒音も目立ってきて左右に揺れている。これは基本理念を明らかにした上で、制度の議論をしなくなっているからであり、その責めは外野の騒音よりも会計に携わっている我々に帰するべきところがあろう。かつての日本がそうであったように、「企業会計原則」をしっかりと構成して、その上での会計制度の議論をすべきという警鐘である。

そのような背景もあってか、2009年7月9日に日本公認会計士協会から収益認識の包括的な基準に関する研究報告が公表された。工事進行基準に対する考え方も整理されているようなので読んでみたい。

会計制度委員会研究報告第13号「我が国の収益認識に関する研究報告(中間報告)-IAS第18号「収益」に照らした考察-」の公表について

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