統計と日本の近代化

2017年12月4日 | By 縄田 直治 | Filed in: 統計.

一橋大学公開講座 12月2日

統計が世界で始まったとき、それは政治の手段であった。
すなわち支配する側にとっては、徴税手段としての人と土地とを把握するところから統計の必要性が始まる。
ドイツでは国家学として統計が始まり、地誌と数値の表によって構成された。人口調査は当初はサンプリングではなく全数調査が前提であった。

19世紀に次第に社会厚生の手段として用いられるようになるにしたがって、統計の中の法則性に着目されるようになり、数理的な考え方(統計的推測)が用いられるようになった。これを「統計学の数学化」という。
もともと自然科学の中で、生物学や天文学と数学とが一緒にあり、ガウスが「観測誤差論」を著して、フィッシャーが理論的にに統一して、今日知られるネイマン・ピアソン統計学に至っている。

日本では明治以降、国家科学としての統計を輸入。杉享二(太政官正院政表科。初代の統計局長)は統計という言葉を使うことを嫌った。関東大震災直前1920年に国勢調査を計画するも、震災で分析余力がなく、サンプリングによって概略を把握するという方法がとられた。これが世界的にも抜き取り調査による統計として歴史的にも早い取り組みとなった。

日本では、統計は「政表」と言われ国家のためにあるとされ、数学的な統計学とは別の学問だった。
壬申戸籍や太閤検地、吉宗の全国的な人口調査などあるが、例えば吉宗の時代の「人口」とは武士以外を指した。また幕藩体制下では各藩で行政の方法がまちまちであったし、課税の方法が村単位であったため、あまり人口は重視されなかった。この体制は明治22年の市町村制まで続くため、それ以前と以後とでは、国家統計数値の持つ意味は異なる。

明治国家は市町群村制の導入に伴い、各行政単位に統計知見のある者を急遽育成し、彼らが各地に戻ってさらにその知見を広めるという方法をとった。

業務統計と調査統計という考え方がある。
業務統計 通常の業務の中で蓄積される情報を統計データとして再編したもの。人口動態調査(出生や死亡⇒保健所が集める)や通関統計(輸出入データ)
調査統計 データそれ自体を得ることを目的に調査を実施、作成される

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