監査人の独立性

2013年6月23日 | By 縄田 直治 | Filed in: 監査会計用語.

会計士に限らず医者や弁護士などの専門家について同じ事が言えるとすれば、それはその職業的判断に対する信頼感によって成り立っているという点だろう。
職業的判断とは、知識や経験に裏付けられているのは当然だが、公徳心とか正義感とか人間性といった個人の倫理に依存する部分も多くある。ゆえに「職業倫理」というものが強調されることになる。裁判官は良心に基づいて判決を下すし、監査人は証拠から得られる心証に基づいて判断している。

医者は症状を見て病気を判断し治療法を選択するが、それは症状というインプットと病名というアウトプットという単純関数ではない。問診や生活スタイルや職業や家族構成などを踏まえて病状を見ている(と期待されている)。監査人も同様に、単純に集められた証拠だけで判断しているわけではない。経済・社会・市場などの情勢やその時代の社会通念などが判断に関わっている。

忘れてならないことは、この判断は監査人の倫理観に裏打ちされているという点であり、どうしても第三者が入り込めない部分があるという事である。

最近、監査手続が「外側から」決めることができるかのような風潮があるが、外から得られるのは技術や知識であり、本来は「内側」から出てくるものが証拠を求め手続きを選択しているはずだ。

監査人の独立性とは、経済的独立性を言われる向きが多いが、実際は精神的独立性のほうがよほど重要であり、手続選択の自由がなく外側から決められたことのみを消化するような形になれば、監査そのものが成立しなくなるだろう。

ただ、外側から見られる部分でしか監査人はその職業的な忠実義務を判断されないので、外的圧力が強まれば強まるほど、監査は形骸化していくという構造があるように思える。これは、監査人に本来求められている独立性を結果的に阻害しているという矛盾を孕んでいないのか。

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