監査判断の実証分析

2013年3月17日 | By 縄田 直治 | Filed in: ブックレビュー, 監査と監査人.
監査判断の実証分析
監査判断の実証分析

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福川 裕徳
国元書房


監査におけるリスク評価とその対応手続という点について、監査人がどのように判断しているかを監査調書や諸データを分析して論考するという力作である。

第一章では、リスクアプローチ下でのリスク評価が監査計画にどのように反映されているかの先行研究の紹介である。
一般に、リスクが高いと評価されれば、「より強く」「より広く」「より直近に」「より熟練に」という方法がとられるが、先行研究ではこれらを総括した研究がないことを明らかにし、自身の研究のポジションを示す。

第二章は、前章の方法を用いて日本の協力した監査法人の実データを用いて分析が進む。
そこでは、勘定科目レベルの監査計画はリスク評価項目との相関を有しているが、高いとは言えない。また、計画とリスク評価は個別に対応するものではなくリスク評価全体として計画に影響していることが示される。
しかしその中には、リスクと計画との間に負の相関関係がある点も示されており、監査人が手続を取捨選択が推定される。

第三章では、リスクモデル(固有・統制・発見)の精緻化の手掛かりを探る。
勘定レベルでの監査計画と全体レベルでの計画とでは、評価するリスクとの関係が異なっており、前者は個々のリスク評価が重視されるものの、後者は総合的な評価に基づく策定がなされている可能性を示す。しかし情報の制約からか、実態面への踏込はなされていない。
そこでは、監査計画の変更があった場合にはリスク評価の変更が背後にあるものの、リスク評価が変更されても必ずしも監査計画が変更されるわけではないことも示されている。
実務的感覚からすれば、極めて当たり前のことでも、学術的視点からは一つの研究対象となるのだろう。あらためて考えれば、リスク評価と監査計画との関係性など、「職業専門家としての判断」という言葉で説明されるのみで、我々自身がその説明を客観的におこなう変数を有していない点は、反省すべきであろう。

第四章では、信念関数と確率変数というやや耳慣れない用語が登場する。
リスク評価を精緻化し品質管理を改善するという観点からは、リスクの定量評価がひとつの有力な方法である。監査品質は、監査人のリスク評価にかかわっているから、定量化によって、人によるバラつきの均質化や状況による違いの正当性の説明も可能になる。
リスクを確率で説明することは比較的容易である。ある命題(例えば、売掛金は実在する)を証明するためには、売掛金が実在する確率70%、実在しない確率30%というように、基礎データがあれば説明は可能である。
しかし、基礎データが少ないかない場合における不確実な状態は確率では表現できないことから、売掛金が実在することと、実在しないこととの証明に加え、まだ証明できない部分(つまりわからない)という状態を含めることで、不確実性を表現しようとするものらしい。監査判断は、行き着くところこの不確実性をどこまで抑え込めるかによってなされることになるので、考え方には頷けよう。

また、監査の立証命題について、ポジティブに設定された場合とネガティブに設定された場合とでは、監査人のリスク評価が異なるという期待が導出され、立証命題のあり方(これも監査人の専門的判断とされる)により判断がどのように異なるかを明らかにすべきとする。
確かに、「売掛金は実在する」という命題と、「実在しない(架空)売掛金はない」ないという命題とは、財務諸表監査目的ではともに実在性を検証する手続命題となるが、実際の手続設計(範囲)は後者の方がより広くなるという実感はある。

第五章は、前章の研究を日本の公認会計士へのアンケートによって実証的に検証する内容である。
確率によっても信念関数によっても監査人は実質的に同じ判断をするが、一部の特定状況における例外があること、さらには、監査要点がポジティブかネガティブかによって監査人のリスク評価が影響を受けるという結果が導かれる。
この結果として、手続書の文言や上位者からの指示の出し方によって、現場では異なった手続がとられることを示唆している。さらには基準設定において、監査要点の設定のしかたによって監査人の立証方法が規定されることから、監査の質の担保のために定見が必要であるとする。

第六章は、リスク評価として信念関数を用いたほうが主観的な証拠力評価とより整合するものの、監査要点がネガティブである場合は、確率を用いる方が、主観的評価とより整合するという。また、リスク評価はリスクの評価方法よりも監査要点設定のあり方の影響をより受ける。
読み込んでいないところでわかりづらいが、ここでのリスクはリスクモデル(AR=IR×CR×DR)における、DRではなくARのことを指しているのではないかと思える。実際、監査人の責任はDRを操作する過程によってしか果たせないが、粉飾が出た場合に問われる監査責任の評価は結果であるARの方から遡られ、IR×CRの部分が監査人の想定よりも高い場合であっても、その責任まで負わせようという議論が進んでいるところである。

第七章および第八章は、監査報酬と監査コストとの関係の研究である。特に第八章は日本の大手監査法人間の比較を行い、各法人の戦略を推定しているところが、従来になかった研究として注目されるところである。
内容についてはここでは立ち入らないが、対象としたデータが、監査法人を取り巻く環境が激変した2006年度のものであり、データには斯様な条件による影響が多く含まれているものと考えられる。ゆえに、2006年度以降の各年度の傾向を見ていくことも必要であり、継続的な研究を期待するところだ。

終章にも論じされているが、この手の研究において支障となるのは、監査人側の守秘義務である。大手監査法人間の比較研究は守秘義務の制約はあるものの、同じ研究手法は監査法人内部の例えば部門間比較などにも使えるものであり、内部者側の実証的研究も進めるべきではなかろうか。また、学術目的の研究には公認会計士協会なども協力して、研究者の少ない監査論領域の発展に寄与することもできるだろう。今後の研究の発展に大いに期待するのは当然として、そのためにも業界関係者からも協力する必要性があろう。

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